彼の名前

「なんでも好きなもん頼んでいいよ」

 

 

彼はそう言ってくれたけど、メニューは一冊しかなくて、それを自分だけが見ているから私にはどんなメニューがあるのかわからない。

 

 

 

「何食べたい?」

 

 

いや、だからメニュー見せてよ。

 

 

「…なんでもいいです」

 

 

やっぱり怖くて言えない。

 

 

「パスタとかにする?」

 

「…はい、適当で」

 

 

 

この人、私に対してタメ口だし態度デカいけど絶対年下だよね?

 

 

前髪が目元にかかってるからやっぱり顔がハッキリ見えないけど、雰囲気とか顔自体若い気がする。

 

 

 

そして、彼は店員を呼んでパスタとかパンとかドリンクとか、本当に適当にオーダーした。

 

 

 

キングオブ自己チュー。

 

私は心の中で呟いた。

 

 

 

彼は取り出した煙草を唇に挟むと、くわえ煙草をしたまま聞いてきた。

 

 

「佐藤さんって何歳?」

 

 

そして煙草に火をつける。

 

 

「22です」

 

「マジ?タメかよ」

 

 

 

え??

 

タメ…

 

って同い年!?

 

マジ?

 

 

「え!あなたも22歳なんですか?」

 

「そうだよ。何その反応。見えない?」

 

「見えない見えない」

 

 

思わずリピートしてしまった。

 

 

 

「若い?それとも老けて見える?」

 

「全然若いです」

 

 

「よく言われんだよね」

 

「最初、高校生くらいかと思いました」

 

 

「それ言い過ぎ」

 

「いや、マジです」

 

 

「つーか、タメなんだから敬語やめね?堅苦しい」

 

「あ、はい…あ、うん」

 

 

言い直す私を見て、彼は口元を緩めて笑う。

 

 

 

 

てか同い年になんて絶対見えないんですけど。

 

それこそ詐欺だわ。

 

 

「佐藤さん下の名前なんつーの?」

 

「夏です」

 

「抜けないね、敬語」

 

 

彼は笑いながら前髪を掻き上げた。

 

今ハッキリと見えた彼の目、顔全体。

 

 

 

あ…この人…。

 

 

 

「夏なら“なっちゃん”とか呼ばれてんじゃない?」

 

 

そう言って彼は、また笑った。

 

 

 

笑うと少し…

 

海に似てる…。

 

 

 

「なっちゃんって呼んでる人もいるけど夏がほとんどかな」

 

「夏」

 

 

いきなり呼ばれてドキッとした。

 

 

「え?」

 

「俺もそう呼ぼ」

 

 

 

…馴れ馴れしい人。

 

 

「あなたの名前はなんて言うんですか?」

 

 

彼と出会ってから数百時間が経過して初めて名前を聞いた。

 

 

 

 

「俺はサン。森田サン」

 

「森田さん?サン?それ、あだ名ですか?」

 

 

「本名だし。何か問題でも?」

 

「や…ありません」

 

 

少し間が空いたので聞いてみた。

 

 

「ちなみに漢字でどう書くの?」

 

「カタカナ」

 

「あ。カタカナ、ね」

 

 

 

森田サンか…。

 

田森(タモリ)サンだったらギャグとしか思えないけど。

 

そっか。森田サンかぁ…。

 

 

 

 

………変な名前。

 

食事を食べ終えてお会計のとき、サンはレジ前で財布の中身を見て「あ!」っと声を上げた。

 

 

 

「どうしたの?」

 

「やっべ。俺、今日夏に返す1万しか持ってなかった」

 

 

 

ということは…

 

 

 

「わりぃ。この1万で払うな」

 

 

 

結局私の奢りかよ!

 

 

私の手元に返ってきたお金は貸したお金の半分の5千円だった。

 

 

 

「また次会ったとき5千円返すわな」

 

「もういいよ。今日は私の奢りということで」

 

 

「じゃあ次は俺が奢るよ」

 

「いいよ別に」

 

 

「いや、よくねーな。つーか、そういう口実作って、また夏に会いたいし」

 

 

 

その言葉で、思いっきり照れたけど、

 

「…それ口に出したら口実じゃなくなるし」

 

冷静に返してみた。

 

 

「アハッ。そっか」

 

 

髪を掻き上げながら笑うサン。

 

笑った顔が胸を疼かせる。

 

 

 

やっぱりサンは、

 

海に似てる。
何もかもが謎だらけのサン。

 

 

何が好きとか。
何が嫌いとか。
普段は何をしてるとか。
仕事は何をしてるとか。

 

 

そういう話はまったくしなかった。

 

 

 

彼女がいるのかさえもわからない。

 

どうして私に会う口実を作ろうとしていたのかもわからない。

 

 

 

 

ただ、私も…もう一度会ってみたいと思った。