運命の出会い

彼は私のケータイ番号を聞いて自分のケータイに登録している。

 

 

「えっと、名前は?」

 

 

下の名前を言おうかどうか迷ったけど、「佐藤です」苗字を教えた。

 

 

 

私の番号と名前を登録し終えた彼は

 

「絶対返すから。ありがとね」

 

そう言うと自分の名前も名乗らずに去っていった。

 

 

 

私は去ってゆく彼の姿を立ち止まったままずっと眺めていた。

 

彼はタクシー乗り場で待機しているタクシーに乗り込み、車が行き交う道路に消えてゆく。

 

 

 

 

1万円渡しちゃった…。

 

 

あ!!

 

というか今日純平と飲みに行く予定だったのに財布の中身空っぽにしちゃったよ…。

 

どうしよう……。

 

「で、今日は持ち合わせがないから貸しといてくれ。と?」

 

「…はい」

 

 

居酒屋の座敷に座って純平の前で小さくなる。

 

 

 

「つーかバカだろ」

 

「何が?」

 

 

「普通はさ、こっちの番号教えるより相手の番号聞くだろ。絶対返ってこないぞ、1万」

 

「やっぱり?」

 

 

「当たり前だろ。そいつどんな奴だったんだよ?」

 

 

 

彼の顔を思い出そうとしたけど、伸びた前髪のせいでハッキリとわからない。

 

どんな顔してたっけ?

 

 

 

「顔はよく覚えてないというかわからないんだけど、たぶん十代っぽい。若そうだったんだよね。
もしかしたら高校生かもしれない」

 

「は?夏…お前…高校生にカツアゲされたのかよ」

 

 

「カツアゲじゃないし。貸しただけだよ」

 

 

「戻ってくるかもわからないけどな。まぁとりあえず今日は俺がゴチるよ」

 

「いいよいいよ!次返すから今日は貸しといて」

 

 

「ゴチるって言ってんだからそこは素直に喜んどけ」

 

「…ありがとう。でもホントにいいよ。友達なんだし割り勘で」

 

 

「夏はさぁマジメっつーか…もうちょっとさ、肩の力抜けよ。要らぬ遠慮心は捨てろよな」

 

 

 

確かに私はマジメだし、常に肩に力入れてる。

 

友達にだって遠慮はする。
それが常識だと思うし。
こんなふうに奢りとか細かいことでも遠慮とかしてしまう。

 

でもそれって、要らぬ遠慮?

 

律儀なだけかもしれない。

 

 

例えば、小銭が足りなくて友達から百円を貸してもらうとき 『百円貸して』っていうタイプの人間と、
『百円ちょーだい』っていうタイプの人間にわかれると思うけど。

 

 

私は前者。

 

『百円貸して』タイプだ。

 

 

しかも、この場合
たかが百円だから貸りても返さない人が殆どだろうけど、私は絶対返す。

 

日にちが経とうが相手が貸したことすら忘れていたとしても絶対に返す。

 

 

ホントに律儀かも…私。

 

 

「夏、夏!、なーつ!」

 

「え、何?」

 

「とりあえず飲み物なんにする?」

 

「そうだなぁ…」

 

 

メニューに目を通して少し考えてから「カルチューにする」と、純平に伝えた。

 

 

カルピスチューハイと純平の頼んだビールが運ばれてきて、

 

「お疲れ!」

 

声を揃えて乾杯した。

 

 

 

先に運ばれてきたツマミはマグロの刺身で、カルピスチューハイとマグロの組み合わせがかなーりのミスマッチだった。

 

 

 

「最近、大地君に会ってないけど元気してるの?」

 

「俺も会ってねーな。仕事が忙しいんじゃねぇの」

 

 

「そっか。頑張ってるんだね」

 

「まぁな。大地もモテるんだから、そろそろ女に力入れてもいいのになぁ」

 

 

「それをいうなら純平だって、そろそろ彼女つくれば?」

 

 

 

 

純平に初めて彼女ができたのは中2のときだと聞いた。

 

両想いで、いつの間にか付き合うことになって、いつの間にか終わっていたらしい。

 

 

それから高3の終わりに少しだけ付き合っていた他校の彼女がいた。

 

ハタチのときにも純平と同じ大学の女の子で少しだけ付き合っていた彼女がいた。

 

 

純平は彼女のことを事細かに教えてくれないし、口にしないから、どんな女の子と付き合ってたのかも、どんな付き合いをしてきたのかもわからない。

 

 

だから純平の恋愛話については何も知らなかったりする。
「俺のことは気にしなくていいからさ、夏こそどーよ?会社にイイ男とかいないわけ?」

 

「いるわけないよ。私の部署は男の人少ないしね」

 

 

「今度合コンでもするか?」

 

「しない」

 

 

「うん、俺もしたくない」

 

 

 

私と純平、それに大地君は出会いを求めてなくて(恋愛にやる気がなくて)恋愛話に花を咲かすのは、まだまだ先になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思っていたのに…

 

 

このとき、

 

今までの恋愛を覆すような出会いをもうすでにしていて、

 

未来への切符を手にし、大きく切り開かれた運命に入り込もうとしていたことに私は全く気づいていなかった。