お金の関係

 

プルルルルル……―――

 

 

 

駅ではいつもの音が流れ、人々は急ぎ足で行く手に向かう。

 

 

夕方過ぎ、私はいつものようにホームの改札口に定期をかざした。

 

改札口の扉が開き、混雑する駅のホームの人波に紛れる。

 

仕事を終えて自分の住む街に戻ってくるとそれだけで心が落ち着いた。

 

 

 

 

「やっべ!財布がない!」

 

 

券売機から聞こえてくる男性の大きな声。

 

声につられてちらりと見てみる。

 

 

 

「落としたか…クソッ!」

 

 

券売機の前では、赤色の派手なセットアップを着た若い男性がポケットを探りながら舌打ちをしていた。

 

 

 

なんか…ヤバそうな人。

 

そう思いながら、その男性を見ていると、バチっと、目が合ってしまった。

 

 

慌てて視線を逸らしたけど、そのときにはもう遅かった。

 

歩き出した私の背後から聞こえる声。

 

 

「お姉さん」

 

 

その声はすぐうしろに迫っていた。

 

 

恐る恐る振り返る。

 

男性は私のすぐうしろにいて、口角をきゅっと持ち上げている。

 

 

笑いかけられているけど、こんなの蛇に睨まれたカエル状態だ。

 

 

 

「なぁなぁお姉さん」

 

「…は、はい」

 

緊張で上手く声が出せない。

 

 

 

「5百円貸してくんない?」

 

 

 

絶対そうくると思ってた。
しかも5百円って…あげてもいいよ。

 

関わりたくないし。

 

 

 

戸惑う私に対して、彼は平然と続ける。

 

 

「財布落としたから切符買えないんだよな。千円でもいいから貸してくんない?」

 

 

 

千円でもいいからって……値上がりしてるし。

 

 

 

「つーか急いでるからさ、電車よりタクシーで帰りたいんだよな。悪いんだけど五千円貸してくんないかな?」

 

 

 

5百から5千円につり上げって…

 

図々しいにもほどがあるでしょ。

 

こめかみをひきつらせながら言った。

 

 

「5千円持ってないんですけど」

 

「じゃあ千円でいいよ」

 

 

何様!?

 

 

「千円も持ってないです」

 

「まじ?」

 

 

彼は“役立たず”と言いたそうな目で私を見る。

 

 

 

「私、今日万札しかないんです」

 

「なんだ、持ってんじゃん」

 

「1万札しか持ってないからどこかで両替しましょうか?」

 

 

 

私は親切過ぎたと思う。

 

見るからにヤバそうな人。ヤンキーというかチンピラ?

 

琥珀色の髪は彼の目を覆っていて、隙間から覗かせる目が輝いてるのかも輝きを失ってるのかもわからなかった。

 

 

 

「両替しなくてもいいよ。1万円貸して?」

 

 

 

普通なら、“ふざけんな”と、でも言いたいところだけど。

 

私は財布から1万を取り出すと、流れ作業のように、さっと彼に渡した。

 

 

 

お金なんて有り余っていない。
捨てるほど有るわけじゃない。

 

むしろ、お金は欲しい。
与えることはできない。

 

 

この1万札だって私が一生懸命働いたお金。

 

そんなお金を知らない人に渡す。

 

返ってくるか、どうかもわからないのに。

 

 

そんなことを思ってる私が、どうしてお金を貸したのかはわからない。

 

この男性と長居したくなかっただけなのかもしれないし、直感で動いただけかもしれない。

 

 

だけど、お金を渡すことで私たちの縁は繋がってしまった。